自分を赦そう

30歳の時、今振り返っても人生で一番つらかったと言える出来事を体験しました。

それは、前夫の死よりつらいこと。今でも言葉に出して話したくないくらいのこと。できるならなかったことにしたいこと。

でも、私はその出来事のことを思い出すことはほとんどありませんでした。

忘れたというより、その出来事を人生を前向きに進む力に変換できたからもう大丈夫だと思っていました。

というのも、その出来事がきっかけで私はうつ状態になり、心療内科で抗うつ剤と抗不安薬を処方してもらい、心療内科の医師の勧めで心理カウンセリングと出会ったんですね。

心理カウンセリングを通じて、私は、自分の内側に答えがあるということを知りました。そして、原因と答えは表裏一体であることも知りました。

あの出来事のおかげで自分の内側を内観するという人生の本当のジャーニーが始まったし、あの時、ジャーニーを始めたおかげで今の幸せな私がいるから、あの出来事は私にとってギフトだったのだ…そう心底思っていました。

ところが、この間、2週間におよぶIH(Integrated Healing/インテグレイテッド•ヒーリング)の講習会に参加して、3日目くらいの朝に、講習会会場に向かう車の中でボンと突然、この出来事のことを思い出してお腹がゾワっとしました。

お腹がゾワっとするということは、まだ腹の中に何かあるってことです。

ああ、これ、見つめなきゃいけないのかな? …嫌だなぁ。

でもね、出てきたってことは、見つめる準備ができたってことでもあるんですよ。

私はそのことを信頼しているので、受講生同士で行う交換セッションで、セッションしたい課題にその出来事をあげてみました。

IHには素晴らしいことがたくさんあるのですが、その一つが、取り上げるトピックについてプラクティショナーに詳しく話す必要がないということです。

私はその出来事の名前を出したくないので、ただ「30歳の時の出来事」で筋肉反射テストがOKかをプラクティショナーのKさんに聞きました(IHでは筋肉反射テストを使って潜在意識の反応を読み取り、潜在意識からOKが出たことだけを行っていきます)。

筋肉反射の反応は、OKでしたので、テーマはこれで決まりました。

ここでもう一つ、IHのユニークなところは、その課題にまつわる不調和をヒーリングした後、どんなふうになりたいか、目標を立てるところ。

私は、「この出来事について思い出したらゾワってするってことはまだ課題が残っているんだろうなぁ。じゃあヒーリングのトピックにあげてみるか」程度の気持ちで臨んでいたので、その出来事について何かが残っているおかげで自分の生活に支障をきたしているという自覚はありませんでした。だから、「はて、ここが癒されたらどんな自分になっていたいのだろう?」と目標を出すのにしばし時間がかかってしまいました。

「強いて言えば、完全に赦されることかなぁ」と私はプラクティショナーさんに言ってみました。

私の筋肉反射を見た(潜在意識の反応を聞いた)プラクティショナーさんは「それはちょっと違うみたい」と返してきました。「他に何か思い浮かぶ目標はありますか?」

次の瞬間、心の奥深いところから声が聞こえてきました。

「赦されるんじゃないよ、私が私を完全に赦したいんだよ」

それに気がついた時、ブワッと涙が溢れたのですが、それは悲しみの涙ではなくて、ようやく気づけた、というような安堵の涙でした。

私は世界は愛であると信じているから、世界はこの出来事を赦していると知っていました。でも、世界がどんなに赦してくれていたとしても、私は自分のことは赦していなかったのです。

というわけで、目標を「私が私を完全に赦す」にしたら潜在意識から両手をあげて(あくまでも感覚です)のOKが出て、続くセッションはおそらく人生で忘れることのないセッションの一つになるくらいとんでもなく素晴らしく感動的に進んでいったのでした。

この一連のことで私が学んだのは、赦すことと、正当化することは違うということでした。

そう。私は、「あの出来事は私にこんなことを教えてくれた、だから人生に必要な出来事だった」と本当に思っていたけれど、それは出来事を正当化して納得していただけで、自分を赦すこととはちょっと違ったのですね。

赦すというのは、今の私の言葉で言えば、起きた出来事そのものを認めるということです。

もしやり直すことができるなら、もう二度と体験したくないくらい嫌なことをしてしまった(もしくはされた)と受け入れること。自分がどれくらい傷ついたかを認めること。人をどのくらい傷つけたかを認めること。

それが認めるということ。

認めることは「どうしてあんなことをしちゃったんだろう」と原因を探すことや、「あんなことしなければよかった」と後悔することとは違います。

ただ、認める、です。

そして、認めることがなぜ赦しになるかというと、認めることができた時にあなたの全身が緩むからです。

「あれは必要があったことだ」とか「仕方がなかった」とか、「前向きにならねば!」と、無意識に正当化しているうちは、正当化に値しないことを見聞きしないように必死にガードしているから、気づかないうちに全身に力が入ってしまっているのです。

その力が抜けた時、初めて、世界は、本当に、全てを赦している、ということを感じ取れます。

世界は愛なんですけど、その愛は、自分が感じ取れる状態になって初めて本当に感じ取れるんです。

私はそのことをIHのセッション(と講習会)で学ばせてもらった気がしました。

というような私自身の体験から、この手の課題にはIHのセッションを受けるのがとってもおすすめだと思っています(私もプラクティショナーになりましたので、来年早々にはセッションを一般に提供できるように動いています)。

ただ、誰もがヒーリングを受けたいわけではないでしょうから、それ以外の手法で私から一つ何かアドバイスできるとすれば、「その出来事について自分は赦されているということを私が全身全霊で納得できるまで伝えてほしい」と世界にお願いすること、かな。

ふと手に取った本の一文、人から出てきた言葉、街のポスターや看板に書かれていた文言…世界は愛に気づいてもらいたがっていますから、あなたがオープンであればあるほどたくさんのメッセージを送ってきてくれるはずです。

「全身全霊で納得できるまで」と伝えておけば、きっとその通りにしつこくやってくれますし、世界がそんなにも赦していると納得できたらきっと自分も赦せる状態に自然になれます。

あなたを罰している人がいるとしたら、あなただけです。

もし今はそれを100パーセント信じられなくても、「そうかもしれないな」と思って身の回りの出来事を見回してみると、きっと何かが変わり始めるはず。それをぜひ体感してほしい。

自分を赦そう。

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