HSPを救うジャーナリング

いわゆる「繊細さん」、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)の特徴を持っていて、とにもかくにもすぐ疲れて生きづらかった私が何年も続けていることで、自身の心を整えるのに役立っていると実感しているもののひとつが「ジャーナリング」です。文章がうまく書ける必要はまったくなく、10分だけというふうに時間を区切って取り組めるので、忙しい人も取り入れやすいはず。やり方をご紹介しますね。

ジャーナリングって?

ジャーナリングとは、その言葉から想像できるように、書く、というだけです。

何を書くかというと、自由。

とにかく心に思い浮かんだことをただひたすら書き留めるのです。

もちろん、気になっていることや考えを深めたいことがあれば、「今日はそれをテーマにしよう」と決めてもOK。

人に読んでもらうものではないので、文章がまとまっていなくても、なんなら意味不明でもまったくかまいませんし、掲げたテーマから内容がずれてしまったとしても問題ありません。

もし、腹が立っていることや苛立っていることがあれば、そんな感情を言葉にして書き出すのもいいでしょう。

大切なのは、思い浮かんだことをジャッジせず(書いて良いか悪いか考えず)に書くこと。

何を書くか、どう書くか、ということより、自分の心の中にあるものを出す、ということがポイントで、言い換えれば何をどう書いても自由であるというのがジャーナリングの魅力なのです。

ジャーナリングは「書く瞑想」

ジャーナリングについては主にメンタルヘルスや自己啓発の分野でたくさん研究が進んでおり、ジャーナリングを続けることでストレスや不安を示す指数が減ることがわかっています。

たとえば、同じ時期に失業した人たちのうちジャーナリングを続けた人の再就職率の方が高い、とか、非常にストレスがかかる困難な状況にいる人たちを対象とした実験で、ジャーナリングを続けた人たちは体調を崩して病院にかかる率が低かった、といった実験結果があります。

私自身の体感として感じるのは、とにかくすっきりすること&前向きになれること。

気になることや心にもやもやしていることをテーマにする場合、だいたい書いているうちに解決策(今自分ができることは何か)がクリアになります。

特にテーマがない時は、「自分にかけたい言葉」を書いてみているのですが、だいたいえらく励まされる(笑)ので、書き終えた後、とってもいい気分になっています。

私は朝にジャーナリングをしているので、いい気分で朝を始められるということが、その日1日にもいい影響を与えていると感じています。

ちなみに、思考や感情など、今、考えたこと、感じたことを書き出すことに集中することで、「マインドフル」な状態になるジャーナリングは「書く瞑想」とも呼ばれているそうです。

ジャーナリングのやり方

ジャーナリングは、1回でもそれなりに効果を実感できるものですが、習慣にできるとより効果的だそう。

とにかく自由で「こうしなければいけない」というルールがないことがジャーナリングの良さでもあるので、ぜひ自分で習慣にしやすい方法を見つけ出してみてください。

たとえば、忙しい人なら、書く量についてはページ数でなく時間で区切る方が取り入れやすいでしょう。

朝起きてコーヒーを飲んでいる間の5分とか、夜ふとんに入る前の10分、とか、ランチタイムの食後の15分、とか、その程度なら隙間時間を見つけることができますし、時間で区切れば「ジャーナリングが長引いて次の予定が押してしまう」ということもありません。

また、一般にはノートとペンを用意して手書きで行うことが推奨されていますが、手書きが苦痛だから続けられないという人はパソコンやスマホで行ってもいいでしょう。

ちなみに、私は、仕事柄パソコンを使うことが多いので、ジャーナリングは気分を変えたく、お気に入りのノートをジャーナリング専用にして手書きで続けています。

今朝は、急に予定外の予定が入って、「あー、そうなると予定していた仕事が今日できないな、どうしよう!? 締め切り近いのに!」と一瞬真っ白になった頭をジャーナリングをすることで落ち着かせることができました。急な予定変更で頭が真っ白になるのはHSP(ハイリーセンシティブパーソン)の特徴のひとつですが、こんなふうにジャーナリングをすることで敏感な気質ともうまく付き合えるようになって、結果、ものすごくラクになるので、HSPの人には特におすすめです。

くどいようですが、ルールはなく、ただその時、思いついたこと、書きたいことを書くこと。家族や友人にはしないような話、だけど、きっと自分の奥のほうにいる自分が誰かにちょっと話したいと思っているだろうことを話させてあげるイメージです。いわばセルフトークみたいなものですが、頭の中でぐるぐると会話するよりも書き出すことで思考や感情が整理されたり、奥深くにあった、気づいていなかった感情に気づいたり、自分というものの理解が深まって、自分を慈しむことにもつながるように感じています。